理念 of 人間都市研究所

理念

当研究所は、人間性あふれる生き生きとした都市空間を実現するために、街に住み、街で働く人々の思いを汲み上げ、具体的なプログラムと事業計画を構築します。あわせて、再開発及び都市計画の分野における人材の育成と研究開発及び技術的ストックを図りながら、実践的に社会参画をします。

都市デザインとは

都市デザインと言えば、一般には道路やビルをつくることと思われがちだが、都市を、人が住み集う「生活空間」というふうにとらえると、街に対する生活者の「思い」と「行動」が都市デザインを生み出しているということに気づかされる。
例えば、潤いのある街にしたいという地域住民の「思い」が、通りに面した出窓に花を飾るという「行動」につながり、そのような行動の積み重ねが花のある通りという都市デザインを生み出す。そのような「思い」と「行動」は、実は都市に限らず全ての「デザイン」に共通した営みである。

 10年ほど前のことだが、熊本市の繁華街にある「銀杏通り」という飲食街から通りのデザインに関する依頼があり、飲み屋ビルのオーナー達と勉強会を始めた。街路灯や石材店からカタログを取り寄せ、工事会社に提案してもらえばたちどころにデザインは決まるのだが、この商店街の改造は3度目であり、自分たちの納得のいく答が得られなければやる価値はない、と断言する人たちばかりであったのでなかなか答が出ない。街なみといっても雑然としている。まもるべき価値のある都市景観も見当たらない。途方に暮れながら、一枚の地図をみなさんに見てもらった。
どんな地図であったかというと、飲み屋ビルの1階はどのビルも奥まで通路が延びており階段やエレベーターが取り付いている、そのようなビルの中の路地を一軒一軒全部集めて表の道路と一緒に描いたものだった。この地図を見たビルのオーナーたちは口々にわが街のビジョンを語り始めた。「表通りは道路の端から端まで赤いジュウタンで敷き詰め、お客様をお迎えしたい」、「今は看板だらけの街なみだが、将来的にはパブの集まるロンドンの街角のようなシックな大人の街にしたい」・・・などなど。

「思い」が集約され目標像が決まると、路面を横断する横縞の石張りパターンや、後に「天空照明」と呼ぶことになる、ポールの代わりにビルに直付けした照明装置など、世界に一つしかない卓越したデザインが決まっていった。道を庭のように見立て3本だけ植えることになった街路樹の選定には、家族連れで山里にある育成林まで出かけ、枝ぶりなど見ながらこれと定め、幹に印を巻いて街での再開を約束した。

 この例では、商店街を対象として、ビルオーナー達の「思い」が集約されたところで一気に、何をこしらえるかという「行動」が見えてきた。冒頭にデザインとは「思い」と「行動」の一連の営みであると述べた。

料理人は、「おいしい」という目標像(思い)を持ちながら調理に関する実務 (行動) を一つ一つ決めることによって「ごちそう」をこしらえる。音楽家もアーティストもおそらくそのような営みを日々続けている。専門分野のプロは、この「思い」と「行動」のサイクルを数多く重ねることによって、「思い」も「行動」もより確かなものにしていく。経験を重ねるが上手くならない場合、「思い」と「行動」の緊密な連携プレーがとれていないことが多い。「思い」のない「行動」は隷属であり、「行動」の伴わない「思い」は空論である。
子どもの問題の源である現在の日本の大人と接していて、決定的に足りていないと私が感じているのは、集団の中で「思い」と「行動」を集約する段取り手順である。学校と地域社会の風通しをよくし、外部からいろいろな専門家を派遣しながら、「思い」と「行動」の緊密な連携プレーをとるような場をつくりだしていくこと、たとえば月に一度は材料の調達から料理まで、自分達の食べるものを自分達でこしらえる授業、などがあってもいいと思う。

冨士川 一裕(出身小学校PTA誌への寄稿文)

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